響き渡るは静寂 2

憎きあのハンターの匂いを求めてノノは、以前にも増して何度も何度もこの沼地を徘徊するようになった。
しかし、あれから数か月が経つが、あの匂いのハンターは全く姿を現さなかった。
あちこちと彷徨って歩いている内に、茂みで引っ掛けたのか、前脚に切り傷ができた。
傷に気が付いたノノは、立ち止まってその傷を一舐めし、また歩み始めた。
今日もまた収穫無しかとトボトボと歩いていると、あろうことかどこかのハンターが置き忘れたのか放置してあったシビレ罠を踏んでしまった。
全身の力を振り絞ってその場を離れようとするが、全身が麻痺してピクリとも動かない。
そこへ軽装の一人の女が現れた。
罠に掛かったノノを発見するも、普通ならばある程度の時間が経てば、麻痺効果も消えて自由になるので放っておくところだが、ノノの前脚に血が付いているの見て慌てて駆け寄って行った。
おそらくもうすぐ罠の効果が切れるだろう。
怪我の治療をする為、女はノノに麻酔薬を少量だけ嗅がせてその場へ寝かせた。
血が付いていた前脚を、ガーゼで丁寧に拭き取ると、浅い切り傷だという事が分かった。
ある程度の応急処置道具はいつも持ち歩いていたが、あいにくと包帯までは持っていなかった。
ガーゼでは脚に巻くには小さ過ぎるので、女は愛用のハンカチをノノの前脚へとしっかりと巻き付けた。
麻酔薬が少量だったせいで、処置が終わる頃にノノは目覚めた。
何故自分は横たわっているのだろうか?
ふと何かの気配を感じ、すくっと立ち上がると、目の前には見知らぬ女がいる。
今この状況をすぐに呑みこめないノノは、ピョンと3歩程の距離を後ろへ跳ね飛び、ウウッと低く唸るが、いつもの人間達と違い、この女からは敵意の欠片も感じられない。
女は、にこやかな笑顔で「お大事に」と言った。
ノノはこんな表情をする人間を見た事が無かった。
大半はノノの姿を見ると、怯えるか敵意を剥き出しにしてくるかの二択だった。
一体この女は何なのか理解できずにいたが、これ以上この場に留まる理由も無いので、ノノは急いでその場から立ち去った。
巣穴へ戻ったノノは、前脚に真っ赤なハンカチが巻き付けられている事に気付いた。
傷が剥き出しの時はヒリヒリと痛かったが、今はハンカチで抑えられているせいか、痛みは幾分か和らいでいた。
あの女は傷の手当をしてくれたのだろうか?
ノノは座り込み、そのハンカチの匂いを嗅いだ。
赤いそのハンカチからは、あの女のものらしき匂いがした。
女の匂いに混じり、僅かだが見知った匂いもした。
忘れもしない、あの憎きハンターの匂いだった。