響き渡るは静寂 3

この日もノノは、沼地のあちらこちらを例の匂いを探し歩いていた。
しばらく歩いていると、この前脚に巻き付いている赤いハンカチの女の匂いが微かにした。
匂いを辿りながら走って行くと、遠くに女の姿が見えた。
ノノはゆっくりと足を止めた。
女は一人だった。
こちらに無防備な背中を向け、しゃがんで何かをしているようだった。
もしあの男がこの女の知り合いだったら・・・
直接あの男に復讐するよりも、この女を殺った方が・・・
でもこの女があの男の知り合いじゃなかったら・・・
たまたま匂いが付いたとかだったら・・・
色々と考えが過ぎるが、違ったら違ったでも構わない。
もしこの女があの男の知り合いだったら、それはそれで大事なモノを殺される側の気持ちも分かるだろう。
ノノは決心した。
女に気付かれないよう、体勢を低くし、ゆっくりと女へと近づいて行く。
「ふんふんふん~♪」
気楽にも鼻歌混じりにゲキレツ毒テングを採取していたメイは、思ったより大量に採れたので、新しい袋を出そうと鞄を開けた。
その時、鞄から小瓶が落ちてコロコロと転がっていった。
「あっ」
小瓶を拾おうとしゃがんだまま後ろを振り向くと、そう遠くない場所にノノの姿が見えた。
「あらっ?」
前脚にボロボロではあるが、赤いハンカチがしっかりと巻かれたままだった。
メイはゆっくりと立ち上がった。
ノノも低くしていた姿勢も今では無意味と思ったのか、すくっと元の姿勢に戻した。
「そのハンカチ、とっくに食い千切られたのかと思ったら、しっかり残っていたのね」
メイは笑顔でノノに言った。
またもやその理解不能な表情に、決心したはずだったノノは少し躊躇した。
怯えてくれたり、敵意を剥き出しにしてくれれば、何も考えずに女を襲う事ができた。
しかし、その表情には襲ってはいけない何かを感じさせた。
「もう傷は大丈夫?ちょっとした切り傷でもばい菌が入ったら大変だからね」
メイは変わらぬ笑顔をノノに向けた。
ノノは女が何を言っているのか分かるはずもないが、ただその表情からはこちらに危害を加えるような事は無いと実感できた。
だからと言って馴れ合う気などさらさらも無い。
決心に再び迷いが生じたところで、女を襲う気力も失せたノノは、プイっと後ろを向きその場を立ち去った。
ノノの後ろ姿を見送りながらメイは言った。
「お大事に」