祭りの思い出 2

魚の入った小さなビニール袋を大事そうに抱え、少年は急ぎ足で広場を後にした。
(叔父さんならこの魚を治してくれるかもしれない)
少年は、例の弱った魚を店主がすくう前に、思わずすくって自分のカップに入れたのだった。
今にも死にそうな魚をすくった少年に店主はポカンとした顔をしたが、商売なのか何も言わずに小さなビニールへその魚を移してやったのだった。
少年の叔父は、広場から少し離れた所で小さな動物病院を営んでいた。
病院に来る患者のほとんどはプーギーやグークだったが、家畜の往診もしていて、その腕もさる事ながら人格者でもあり、人々からも慕われていた。
そして、少年が唯一心を開ける人間でもあった。
少年に動物との触れ合いを教えてくれたのもこの叔父だった。
「もう少しだから我慢してくれ」
少年は魚へと話し掛けながら、魚へあまり負担をかけないように気を付けながら更に足を早めた。
叔父の病院が見えてきた。
どうやら閉院の時間らしく、叔父が入口に立て掛けてある診療中の札を引っ繰り返している。
「叔父さーんっ」
少年は叫びながら叔父の元へと駆け出した。
こんな時間にどうしたのかと少しびっくりした叔父であったが、いつも通りの優しい笑顔で息を切らした少年を病院の中へと招き入れた。
「やぁマーク、今日はどうしたんだい?」
待合室のソファーに腰掛けた叔父は少年に話し掛けた。
少年は、魚の入ったビニール袋を大事そうに抱えながら叔父の隣りに座った。
「叔父さん、この魚、病気みたいなんだけど治るかな?」
少年は、抱えていた魚の入ったビニール袋を叔父の目の前に差し出した。
「どれどれ……?!……こ、これはっ!!マーク、この魚はどうしたんだ?」
ビニール袋を受け取った叔父は、様々な角度からこの魚を観察し、何かに気付いたのか慌てだした。
少年は、祭りの春夜鯉スクイでの出来事を全て話した。
「どうしてそんな所に混じっていたのかは疑問だが…、マーク、これは春夜鯉じゃない!」
「えっ?!」
「いいか?コイツはヴォルガノスの稚魚だ。かなりデカくなるし、冷たい水の中では生きられないんだ」
少年は、小さい頃に読んだ魚類図鑑を思い出した。
ヴォルガノス。
主に火山地帯に生息し、溶岩の中を泳ぎ回り、体長約20メートル前後までに成長する。
「叔父さん、ヴォルガノスって確か黒かったよね?コイツ赤っぽいよ?」
「うん、どうやらコイツはヴォルガノスの亜種かもしれないな…。とりあえずこのままでは死んでしまう。お湯を沸かして応急処置をしよう!」
叔父はドタバタとやかんを探したり、水槽代わりとなる鍋を探し出した。
鍋に沸騰した湯を入れ、疑似溶岩として普段は炭として使われる燃石炭と紅蓮石を湯の中へいくつか投入した。
すると、鍋の中ではいつまでもぐつぐつと紅く染まった湯が煮えたぎっている。
湯の中に移されたヴォルガノスは、まさに水を得た魚のように鍋の狭い世界を元気に泳ぎだした。
ともあれ一段落したのも束の間、叔父は深い溜め息を一つ洩らした。
「どうしたの?叔父さん」
叔父は少年に話し掛けられたにも関わらず、深刻な顔つきで何かを考えているようだった。
「ねえ、叔父さんってば?!」
はっと気付いた叔父は、少年をしばらく見つめると重い口を開いた。
「いいか?マーク、このヴォルガノスの亜種は本来この辺りには生息していないんだ」叔父は語りだした。
春夜鯉の調達段階で混じっていたにしても、この地域には生息していない為、遠い異国からの輸入の際に何らかの手違いで混じってしまった可能性が高い。
この地域の火山に放すと、本来存在しないはずの生物によって、現在の生態系がくずれてしまうかもしれない。
元の居場所へ戻すには、ギルドに相談してみないといけないという事だった。
ただ、今日はもう遅いし、明日の早朝に相談したところですぐにどうのという事にはならないだろうから、1~2週間はこちらで預からないとダメかもしれない。
「だったら、その間ボクが預かるよ!」