祭りの思い出 1

今日のメゼポルタ広場はいつになく、あちこちに派手な飾り付けや旗などが並び、いつにもまして賑やかな雰囲気だ。
そう、今日は年に数回ある祭りだ。
溢れる人混みの中に一人の少年がいた。
僅かばかりの小遣いを握り締めた少年は、人混みを掻き分け、目的地へと急いでいた。
少年は、いくつもの出店が立ち並ぶ中で、『春夜鯉すくい』と書かれた看板の店の前で立ち止まった。
そこには、横長の高さがあまりない水槽に春夜鯉の幼魚達が所狭しと泳いでいる。
少年は、握り締めていた小遣いを数え直し、店主へと渡した。
「一回分でお願いします」
「はいよ、鯉すくいは初めてか?」
少年は小さく頷きながら、今にも破けてしまいそうなスクイを受け取り、そのスクイを大事そうに握り締めながら、キラキラとした眼差しで春夜鯉達を眺めた。
少年は、常日頃から他人とは一定の距離を置くようにしていた。
家では絶えず夫婦喧嘩をする両親、外では色々な噂話に花を咲かせる近所の人達、そんなまわりの大人達に囲まれて過ごす内に、いつしかマークは他人はおろか、身内でさえも一定の距離を置き、必要最低限の会話しかしないようになった。
思いもよらぬ一言で相手を傷付けたり、逆に傷付けられたりするのが嫌だったからだ。
そして少年は、友達と遊ぶよりも動物と一緒にいる方が気が楽で楽しかった。
中でも、魚が一番好きだった。
静かに泳ぎながら、自分の話を黙って聞いてくれるからだ。
いつもは、こっそり密林の浜辺に寄ってくる魚達が相手だが、毎日一緒にいられるパートナーとしての魚が欲しくて、祭りである今日この日を少年は待ちわびていた。
少年は、どの魚を狙おうか端から順に魚達を眺めた。
すると、どこか元気無さげにスイーっと一泳ぎしてはプカーッと浮かび、それを繰り返す魚が目に入ってきた。
(いや、コイツはダメだ。きっと病気なんだ。だって体の色が他とは少し違うし、今にも死にそうだ)
少年は、その魚を見なかった事にして他の魚を物色しだした。
しかし、一度気になってしまうと、知らぬ内に自然と目が追ってしまう。
(だめだ、だめだ。見ないようにしないと・・・)
だが、やはり気になるモノは気になってしまう。
少年は小さな溜め息を吐くと、この魚はダメなんだと自分自身が納得するまで観察してやることにした。
その魚は相変わらず、一泳ぎしたかと思うプカリと浮かび、それを一様に繰り返していた。
(無理に泳がなくても、ずっと浮かんでいればいいじゃないか)
少年は、何故その魚がそんなにも必死に泳ごうとしているのかが疑問だった。
すると、店主の「チッ!」という声に顔を上げると、店主が少年が座り込んでいる場所の斜め前でプカーと死んだように浮かび上がっている別の魚を頑丈な網でできたスクイで取り除き、脇に置いてあるバケツへと乱雑に捨てた。
バケツの中をちらっと覗くと、ピチッと跳ね上がるモノもいたが、そのほとんどが死骸となってしまった魚達だった。
どうやら死骸はもちろんのこと、売り物にならない弱った魚も、バケツ行きとなってしまうようだ。
少年が気になるその魚は、自分がバケツ行きにならないよう、懸命に泳ごうとしているかのように少年の目に映った。
(どうせコイツもその内、あのバケツ行きになるんだ…)
少年の目の前で、その魚が再びプカーと浮かび始めた時、店主はその弱った魚に気が付いたのか、バケツに入れてある頑丈な網に手をかけた。