試されし道 ◇猛の頃◇

どこからともなく激しい咆哮が辺りに響いた。
ギアノスは、身を軽く捻って襲撃態勢から警戒態勢へと移行し、妹とは逆の方向を向きながら、身を低くして威嚇しだした。
妹は、激しい咆哮での耳鳴りが解けると、まずは急いで双剣を手にした。
薄い靄が晴れていく中から姿を現した咆哮の主は、全身を深い緑の鱗で覆われ、当たったら一溜まりも無いであろう強靱な尾、獲物を引き裂くには充分過ぎる爪を持つ発達した前脚、剥き出しになった無数の歯がいかにも狂暴なモンスターの類であることが一目見て分かる。
妹にとっては極めて不利なこの状況下で、初めて目にするモンスターに言葉を失った。
ギアノスは、圧倒的な強者の威厳を放つモンスターに対して自分の置かれた立場を即座に理解したようで、出口を求めて妹の傍から足早に逃げようとした。
が、その瞬間、一息から繰り出される氷ブレスが逃げるギアノス直撃した。
ギアノスは勢い良く吹き飛ばされ、崖の壁にその体を激しく打ち付けた。
地面へとゆっくりずり落ちたその体はピクリともせず、カッと見開いた目と口が妹の恐怖心を更に掻き立てる。
強者は、ゆっくりとその顔を妹の方を向けた。
妹は地面の上で両手に握っている双剣を更に力を込めて握り締めたが、剣先は互いに明後日の方を向いたままで、剣を握っているのがやっとだった。
「……お…お兄……」
思うように声も出なかった。
今まで兄と色々なモンスターを狩猟し、経験も浅かったせいか、幾度か窮地にあう場面もあったが、今この状況に比べると造作もない程度だった。
荒くなった呼吸を何とか抑え、妹は叫んだ。
「…お…お兄…ちゃん……お兄ちゃん助けてえーーっ!!」
兄は、ギアノスが気付くよりも先に高い位置から強者の姿を視認した。
(あ、あれは何だ?
いや、見たことがあるぞ。
確か、モンスター図鑑に載っていた……デュラガウアだ!
どうしてこんな所に?!
図鑑ではまだ生息地不明になっていたはず…
いや、それよりも何とか妹を助けないと…
嗚呼、アイツを足止めする罠か閃光玉があれば…
今日は大型モンスターの依頼じゃなかったから持ってきてないじゃないか…
ん?ちょっと待てよ…
確かアイツは…
そう!炎が弱点だったはず!
妹の双剣は炎属性だ!
なんとか一撃入れてアイツが怯んだ隙に何か策を…
ダメだダメだダメだっ!!
妹は今、ろくに立つことすらできないんだ!
そんなんで、どうやって一撃入れるんだよ!
オレがなんとかしなきゃダメなんだ、オレがなんとか…)
様々な思考が兄の脳裏を飛び交う内に、ギアノスがデュラガウアによって一撃で倒されてしまった。
(!!)
そして妹からの悲痛な叫びに兄は一瞬、思考が止まってしまった。
デュラガウアは、大きく息を吸い込むと妹目がけ、氷のブレスを吐き出す。
吐き出されたブレスは風向きで軌道がずれたのか、妹の頬を軽くかすめた程度だった。
が、氷の風は想像を絶する程温度が低く、頬に当たった部分は瞬時にして凍傷になった。
妹はその痛みよりも、死を予感したことで身動き一つ取れずにいた。
二撃目を繰り出そうと、再びデュラガウアが大きく息を吸い込み始めた時、妹の前に人影が飛び込んできた。
漸く意を決した兄が、高所から飛び降りたのだった。
余りにも高すぎる所からの着地に下半身はビリビリと衝撃が走ったが、直ぐ様、背中に背負っていた身の丈よりも大きな大剣を目の前の地面に突き立てて盾とした。
「マリー、オレの後ろから離れるなよ!!」
目の前に現れた兄の姿にほんの少し安堵したのか、妹はうんと言ったまま兄の背中にもたれかけるようにそのまま気を失ってしまった。
二撃目のブレスは、盾代わりにした大剣を直撃し、あまりの衝撃に、地面に突き刺さった大剣ごと兄達は後ろへと押し込まれた。
「くっ!」
(…これまでか……)
大剣を握る拳に兄は額を擦り付け、目を瞑った。
走馬灯のように、妹と過ごしてきた日々が頭の中で駆け巡る。