試されし道 ◇道の頃◇

あれから数年が経った。
兄はギルドの開発部で、支給品等のアイテム開発に勤しんでいる。
あの日、兄は背中から大剣を降ろした。
ギルドで働き始めた当時は、出版部で図鑑や地図等の書物類を発行・編集・整備する仕事だった。
もちろん、意図的に地図へ記載しない場所についても上司と激しく討論したが、ギルド側の意見に少々不満を残しながらも納得せざるを得なかった。
「えっと、アルビノエキスはこれぐらいで…」
今日も研究室に閉じこもり、新商品の配合実験をしていた。
すると、勢い良く研究室の扉が開く。
「お兄ちゃん!!ちょっとどうなってんの?!あの爆雷針・改、置く前にバチバチくるんですけどっ?!」
兄が顔を上げると、そこには怒り心頭の少々焦げかかった妹の姿があった。
妹はいつも、兄の研究の実験体いや、協力をしていたのだった。
「使い方を説明しようとしたら、ろくに聞かずにここを飛び出して行ったじゃないか。アレの使い方は…」
「もう分かってるわよ、三つ目使う頃には理解しましたっ」
さすが我が妹というところか。
兄はぷっと吹き出すと、プンプンしていた妹もつられて笑った。
爆雷針・改の改良について、兄妹はああだこうだと議論をしていると、研究室の扉が静かに開いた。
知的な雰囲気を醸し出す、いかにも研究員風の眼鏡をかけた男が一人、研究室に入ってきた。
「おや、これはこれはマリー殿ではありませんか」
「あっ、こ、こんにちわっ」
「うーむ、ここは一般人立入禁止なんですがね?」
「むっ、私は一般人じゃありませんっ!こちらのご立派な研究の実験体ですっ!!」
「くっくっ、そうでしたね。おや?何かこう芳ばしいこんがり肉のような香りが漂ってますね」
眼鏡の男は、妹の傍をくんくんと何やら匂いを嗅ぐ仕草をしてみせる。
妹はこの男が苦手だった。
多少の嫌味口調も然ることながら、理解不能な専門用語を並べ立てて会話しようとするので、なるべくこの男とは関わり合わないようにしていた。
「むうっ、じゃ、お兄ちゃん、改良終わったら教えてっ。私は次の依頼で残りの爆雷針・改使ってくるから」
「ああ」
兄は軽く右手を上げて妹を見送りながら、改良案が思いついたのか、何やらブツブツ言いながらノートに配合式を書き急ぐ。
「ははっ、頼もしいですねぇ。次はコゲ肉と化さない様にお願いしますよ」
「次は生肉で帰還しますので、ご心配には及びませんっ!」
妹は男に嫌味を込めて敬礼すると、勢い良く研究室を飛び出して行った。
「くくっ、日に日に君の妹君は逞しくなっていくな」
ペンの走りを少し緩めた兄は微笑んだ。
「うん、我が妹ながらオレもそう思うよ」
妹は心強い仲間達にも恵まれ、受注する依頼はどんな悪条件でも全てソツ無くこなす上、今では妹達パーティーの狩りの腕前が、ギルド内でも少し有名になってきているのが兄にとっては、とても誇らしかった。
「しかし、妹君はいつ見ても双剣を背負ってるけど、他の武器は使わない主義なのかい?」
「うん、前にオレも同じ事を聞いたんだけど、他の武器は性に合わないらしく、使い慣れた双剣の方が動き易いって言われたよ」
そう話す兄の顔は、なんだか少し照れ臭そうだった。
「うん?何だ何だ?その顔は~?」
兄は、昔にハンター祝いとしてプレゼントした双剣を、今でも大事に強化し続けて使ってくれている事が何よりも一番嬉しかった。
「…ところで、妹君はいまだ例の依頼を受けてないのかい?」
眼鏡男は、真顔で兄へ問いを投げかけた。
「ん?あ、あぁ、デュラガウアか…まだ…みたいなんだ」
眼鏡男は、今の兄にとっては同僚であると共に、唯一、腹を割って話せる親友とも言える関係にいた。
そして、数年前の出来事や、あれから妹がデュラガウアの話を一切しない事、ましてやデュラガウアの依頼を意図的に避けているように思える事を兄は眼鏡男へ打ち明けていたのだった。
今、兄がこうして充実した日々を送っていられるのも、あの日、デュラガウアと出逢ったのが大きな分岐点になっている。
兄にしてみれば、デュラガウアに対しては感謝の意でいっぱいだった。
だが、妹はどうだろうか?
一太刀入れるどころか、何も出来なかった事を今でも悔やんでいるのだろうか?
しかし、今の妹、いや、妹達のパーティーならデュラガウアに挑んでも互角か若しくはそれ以上に闘えるはずだ。
なぜなんだ?
「ま、時が来ればその内デュラガウアの依頼を受けるさ。今はまだ何か思うところがあるんだろう、君のマリー殿は」
眼鏡男の声でふっと我に返った兄は一言「そうだな」とだけ言い放った。
デュラガウアの依頼は受注される事はあっても、皆ことごとく失敗に終わり、いまだかつて討伐されていない。
心のどこかで、正直ホッとする思いと、いずれ討伐されるならばせめて妹以外の手で、と複雑な思いが交差した。