男達の美学(前編)

あるところに、とても潔癖症な男が住んでいた。
この男、ハンター学校を卒業したばかりで、ハンターを生業として生活し始めたが、いかんせん潔癖症が行き過ぎていた。
どんな依頼にも必ず消臭玉を持ち歩き、少しでも何かに触れるとすぐに消臭玉をばらまき、家中にはあちらこちらに抗菌石をインテリアのごとく飾っていた。
学校に通っていた頃、採取で間違ってモンスターのフンを手に取った時には、三日三晩高熱とともに悪夢にうなされる日々を送ったという辛い過去もあった。
狩りの腕前はそこそこだが、異臭を放つババコンガだけはなるべく関わらないように狩りをしていた。
「ただでさえ不潔そうな面構えなのに、人に向けて放屁するとか糞を投げてくるとかモンスターとしてありえないだろう」
彼なりの自論だ。
彼の得意武器は弓。
裸で地べたを歩き回るようなモンスターにあまり近寄りたくなかったからだ。
学校を卒業し、最初に生産した弓はハンターボウだった。
そろそろ大型のモンスターを相手にしたいと思い、貫通弓を作ろうと思っていた。
手持ちは2,000z。
手頃な値段でなるべく簡単な素材で作れる弓は無いか、武具工房で貫通弓の生産メニューをじっと見つめていた。
すると、工房の店主が話掛けてきた。
「貫通で探してるのかい?」
「あっ、は、はいっ」
「予算は?」
「えっと、2,000z以内で・・・」
「うーん、2,400zならワイルドボウをお奨めするね。素材も簡単だしな」
「素材は・・・え?桃毛獣って・・・」
「ババコンガさ、お前さんには簡単だろ?」
「いやー、そのー、ババコンガだけは・・・」
男は頭をカリカリと掻いた。
「なんだ?ババコンガ苦手か?はははっ、よっしゃ!特別にババコンガ狩ってきたら2,000zにまけてやるよっ」
「いや、あの、他に・・・」
「なんだ?なら大出血サービスで、1,500zにしてやんよ!」
男は店主に押し切られてしまった。
ここは密林。
憂鬱な面持ちの男が一人、密林の中を彷徨っていた。
来てはしまったが、やはり帰って別の弓を作成しようかと思ったその時、遠くに桃色の獣らしき生物が見えた。
「あぁ、アイツだ!見なかった事にしよう・・・」
男はくるりと来た方向へ振り返り、足早にその場を離れようとした。
ドタドタドターッ
男を見つけたババコンガは勢いよく男の元へと走ってきた。
「うわーっ!近寄るな!俺に近寄るな!!」
男は持っていた弓を棍棒のように振り回した。
ババコンガは、そんな男の様子が面白いのか、鼻をほじりながら男の無様な様子をうかがっていた。
「こ、コイツ・・・俺をバカにしてんのか?!」
男は少し後退りして弓を構えた。
パスンッ、パスンッ
数発放ったが、ババコンガは怯みもせずに尻を掻き始めた。
パスンッ、パスンッ
更に男は弓をひいた。
ババコンガは怒り出し、男へ背を向けて放屁した。
「おわっ!やめろ、やめろ、なんてヤツだ!!」
男は慌ててポーチから消臭玉を取出し、すぐさまその場で消臭した。
その瞬間、ババコンガは男めがけてダイブしてきた。
その衝撃で、男は蓋をし忘れたポーチの中身をその場へぶちまけてしまった。
「あぁ、俺の消臭玉がー」
残りの消臭玉がコロコロと四方八方へと転がっていく。
男は急いでそれを拾いに行こうとしたが、転がっている消臭玉をババコンガが片っ端から踏み散らかしていった。
「っ!!なんてことを・・・」
男はこの世の終わりのような絶望感を感じた。