祭りの思い出 8

マークは客人を招き入れると、茶を入れた。
「しばらくぶりだなー。相変わらず今でもソロってるんだって?」
茶をすすりながら男性は馴れ馴れしい口調でマークに話掛ける。
「カイルだって・・・、この前古龍を討伐したんだって?噂は聞いてるよ」
カイルはニヤニヤしながら言った。
「お前・・・、雰囲気変わったな」
「僕だって、いつまでも子供じゃないさ」
マークは大人になっていた。
人との会話はある程度できるようになった。
社会に出るようになってからは、そうでもしないと生きていけない事を身に染みて知ったからだ。
だが、心を許せる友はいまだに一人もいなかった。
「突然訪ねて来るなんてどうしたんだい?」
「お、おぅ・・・、お前知ってるか?今朝から貼り出された新規のクエスト」
「いや、今日はまだ狩りに行ってないからね。何のクエストだい?」
カイルは一口茶をすすって言った。
「ヴォルガノスの亜種だそうだ」
ガチャンっ。
マークは持っていた湯呑みをテーブルへ落としてしまった。
一瞬間を置いて、慌ててこぼした茶を拭き取る。
「へ・・・へぇ、そうなんだ・・・」
震えた手で割れた湯呑みの欠片を一つずつ拾うマークをカイルはだまって見ていた。
「今朝からもう何組かのパーティーが出発してるが、どれも失敗だったらしいぜ」
マークは、何も聞こえてないかのように片付けを続ける。
「悠長に茶なんか飲んでる場合か?」
「・・・・・・・・・」
一瞬手を止めたマークだったが、平静を装ってマークはカイルに言った。
「どうしてカイルにそんな事を言われなきゃならないんだ?」
カイルは深く息を吸うと、静かに言葉を発した。
「ルーなんだろう?」
マークは、動かしていた手を完全に止め、カイルの顔を見た。
「どうしてそれを・・・?!」
カイルは、既に空になって手の中で持余している湯呑みを静かにテーブルの上へ置いた。
「あの日・・・」
カイルは、数年前のあの日、ギルドの廊下でマークとすれ違ったこと、自分がギルドマスターの孫であること、そしてあの日の出来事を全て聞いて知っていたことをマークに告げた。
マークは、「そうか」と小さく言い放ち、深い溜息を吐いた。
「僕は・・・、僕は、今でも答えが出てないんだ。あの日からずっと・・・、最悪の事態になる事を考えて、その時、僕のやるべき事を考えていたさ。」
カイルは黙ってマークの話を聞いた。
「毎日毎日、朝起きてから寝るまでの間ずっと・・・、考えすぎて眠れない日も多々あったさ。最近になって少しずつ・・・、気が付いた時にはもう他の人が討伐していた・・・っていう方が気が楽になるかもしれないなんて思ってきたんだ」
カイルは突然、テーブルを両手で叩いた。
ガチャンっと、その振動で揺れた湯呑みが倒れた。
「また逃げんのかよっ!!」
思いもよらぬカイルの怒鳴り声に、マークは目を見開いた。
「今頃になって他人に自分の尻拭いをさせんのか?お前は昔っからずっと逃げてんだよ!何もかも、まわりの全てや、俺の話だって最後まで聞いた事あんのかよっ?!自分が一番の被害者ヅラすんな!!」
マークはハッとした。
自分が傷付きたくないだけで、まわりと一定の距離を置いていた。
その事で誰かが傷付くとは思いもよらなかった。
「一番傷付いているのは、俺でもねえ、ましてやお前でもねえ、・・・ずっと一人で待ってるルーなんじゃねえのか!!」
マークの目から、大きな一粒の涙がこぼれた。
「でも僕は・・・、僕は・・・」
大人になってからも、マークはいまだに魚竜種を狩れずにいた。
それを知っていたカイルは、マークの肩に手を置き、微笑みながら静かに言った。
「俺様が一緒に行ってやんよっ」