カウンターアンバランス

闘技場の一角に、ひっそりと佇む一軒のスナックがあった。
ここには、闘技を終えたモンスター達が夜になると、一匹、また一匹と姿を現し、一杯の酒をあおってその疲れた体を癒すのだった。
また、その店のママとチーママは、ある意味、この界隈では有名だった。
「いらっしゃい」
カウンターの中から、グラスを拭きながらアグナコトルが言葉を発した。
このアグナコトルこそ、この店のママだった。
「あら、ボルさん、今日は一匹?それじゃ、こちらへどうぞ」
ママは、客として現れたボルボロスをカウンターへと案内した。
「ママ、いつもの頼むよ」
ボルボロスがそう言うと、ママはグラスへ達人ビールを並々と注いだ。
「はい、どうぞ♪」
「・・・あれ?今日、チーママはいないのかい?」
「えぇ、遅刻よ!チ・コ・クっ!きっと昨日の深酒で寝坊してるんだわ、きっと。出勤したらお仕置きよっ!」
「はははっ、まぁまぁ。ママもどうだい?一杯、付き合ってよ」
「それじゃ、遠慮無しに三杯頂くわ♪」
ママは、グラスを三つ用意すると、それぞれに達人ビールを並々と注いで、それぞれを一気に飲み干した。
(い、一杯って言ったのに、勝手に三杯も飲みやがった!・・・ま、いいか・・・)
ボルボロスは、チビチビと自身のグラスへと口を付けた。
「あら、今日はなんだか冷えるわね」
全身が黒く硬化してきたママは暖房のスイッチを入れた。
ヴイーンと音を立てて暖房が効いてきた頃、
「ごめん、ごめん、ママー、遅刻したーっ!」
と、入口からチーママのアグナコトル亜種が勢いよく飛びこんできた。
「あっれー、ちょっと店ん中、暑くない?」
「アンタが走ってきたせいで、暑く感じるんでしょ?」
「えーっ?!・・・あっ、ママ、暖房入れたでしょ?」
チーママは、ヴイーンと稼働しているエアコンへと目をやった。
「アタシが暑いの苦手だって知ってて、もうっ!!ねぇ?ベリさんもこれじゃ、暑いわよね?だって、肉球に汗かいてるじゃない!」
チーママは、カウンターに座るベリオロスの手を取ると、エアコンのスイッチを冷房へと切り替えた。
「ちょっと?!勝手にリモコン触んないでよ!ここの温度はママである私の権限無しに変えるのはダメよっ!」
「何言ってんのよ、客が汗だくで飲んでるっていうのに、そんなだから繁盛しないのよ、この店はっ!」
「な、なんですってぇーーっ?!」
ママはカウンターから身を乗り出し、チーママと取っ組み合いの喧嘩を始めた。
狭い店内で、図体の長い二匹が乱闘を始めるのと同時に、その時、店にいた客達はいっせいに店の外へと飛び出した。
「いやーっ、参りましたね、あのママとチーママには・・・」
そうボヤくボルボロスの隣りには、首に手ぬぐいを掛けているアオアシラが立っていた。
「いや、そうでもないですよ。おかげでウチの商売も繁盛ですわ。ガッハッハ」
アオアシラは、闘技の傍らで本業は大工をしていたのだった。
「・・・あっ」
それに気付いたボルボロスは、なるほどとポンと手を打った。
目の前で繰り広げられる二匹の乱闘に、小さな店は瞬く間に破壊されていった。
「僕、思うんですけど、チーママに店を出してあげて、それぞれ暖房の効いた店と冷房の効いた店の両方を経営すれば、こんな事にはならないんじゃないかなって・・・」
ボルボロス達の横へベリオロスがやってきた。
「ばっ、バカっ!それをあのママに言うなよっ!ウチの商売に響くじゃねぇかっ!」
と、アオアシラがそれを口止めした。
「ま、今日はこれでお開きですね」
ボルボロス達は、二匹の乱闘の末を待つ前に、皆、店の前から立ち去って行った。