モスと僕の章 前編

生い茂った木々から木漏れ日が差す中、男が一人、草むらに寝転がっていた。
男はこの場所が余程気に入ってるようで、暇を見付けてはこの樹海へ足を踏み入れるのであった。
但し、今この男は暇を見付けるどころか、暇を持て余している次第だ。
何の仕事をしても長続きせず、嫌な事は全て人のせいにし、家族も皆呆れ果て、村人達からも相手にされないつまはじき者だ。
今日もいつものようにぼけーっと仰向けに寝転がり、真上に見える生い茂る木々を黙って見つめていた。
そこへ一匹のモスがやって来た。
どうやら、男の近くに生えている茸を食べにきたようだ。
男はゴロンと俯せに体勢を変え、両肘をつきながら茸を食べるモスをじっと見つめた。
(いつ見てもモスって、常に何か食ってるよなぁ~。
そんなに食ったら太るぞ。
あっ、こいつらは食われる為に沢山食って太らなきゃダメなのか。
しっかし、不細工だよな~。
頭のコブやら背中の苔やら、なんとも言えないよな~。)
『私達モスにとって、この姿に不便を感じた事は無いなのですよ』
「うわっ、なんで声に出してないのに分かるんだよっ?!」
『いかにも不憫そうな目付きでじっと見られたら、考えてる事ぐらい分かるのですよ』
「不便じゃないって、思いっきり不便そうじゃないか!空を自由に飛びたいとか思った事ないのか?」
『空を飛ぶ必要が無いから、翼はいらないのですよ』
「あ、足だって長けりゃ高い木に生えた茸をたらふく食べれるかもしれないだろ?」
『地面に生えている茸で十分なのですよ』
「その姿だってもっと可愛いければ、皆から可愛がられるかもしれないだろ?」
『あなたの言う“皆”とは、一体誰の事を言ってるのですか?』
「うっ…ウチの母さんとか…村長さんとか…む、村の皆だよっ!」
いつのまにか男は、俯せから起き上がり、あぐらをかいた。
『私達はペットではないのですよ?寧ろ村人達にとっては食料としか見ていないのです』
「うっ、だったら逆に食う側のランポスとかになりたいとか思わないのかっ?!」
『…ついこの前、ランポスに生まれたばかりの子供を食べられました』
「えっ?!…あ、ほ、ほらやっぱりアイツらの方が全然いいじゃないかっ」
『でも、それはここでは極自然の事なのです。私達はいくら食べられても、それ以上に子供を増やさなくてはいけないのです』
「なんかおかしいじゃんよ、自分の子供が食われたのに悔しくないのかよ?悲しくないのかよっ?!」
『私達には肉食獣に歯向かう牙や爪がありませんし、歯向かおうとも思いません。子を増やし続ける事がせめてもの抵抗なのです』
「…やっぱり嫌だよ、そんなの…うっ、食われた子供が可哀想だよ、ひくっ…」
いつのまにか男は、体育座りの状態で、抱えた膝へ涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をうずめた。
これまで、口喧嘩では誰にも負けた事がなく、ましてや誰かに涙一つも見せた事の無い男だったが、自分ではどうしようもないくらいに涙が止まらなくなっていた。
『あなたが悲しむ必要はないのです。…もちろん、子を亡くした時には悲しみました。でも、いつまでも泣いていたら日が暮れてしまって、新しい住みかを探す事ができなくなってしまうのです。』
「………」
『私達モスにはモスとしての領分があり、それを超える事なくただ暮らしていければそれで満足なのです』
「………それでも…」