モスと僕の章 後編

『では逆に聞きますね?あなたは毎日何をして生きていますか?』
「何って…色々とだよ」
モスは、男が毎日のように樹海にやってきては別段何をするわけでもなく、ただ呆然と寝転がっているのを遠くから見ていた。
『あなたの食事は誰が用意しているのですか?』
「そんなの母さんに決まってるよ」
『あなたが生きていくのに必要なゼニーを稼いでいるのは誰ですか?』
「父さんだよ」
『もし、あなたの両親がいなくなったら、あなたはどうやって生きていきますか?』
(親がいなくなるなんて、今まで考えた事なんてないよ。…僕はどうやって生きていけばいいんだろう?)
男は黙り込んでしまった。
『あなたはあなたの出来る事をやればいいだけなのです。ここでは何もしない生き物はいません。仮に何もしない生き物がいたとしたら、その生き物は絶滅することでしょう』
遠くの山々へ赤く染まった夕日が沈みかけてきた。
『日が暮れてしまいますので、そろそろ私は住みかに帰りますね』
モスはそう告げると、くるりと男へ背中を向けて歩きだした。
「あっ、おいっ、…その、良かったら家で僕と一緒に暮らさないか?敵もいないから安全だし、茸だって毎日たらふく食わせてやるよっ」
モスはゆっくりと男へ振り返った。
『私の居場所はここであり、村の中ではありません。外敵もいれば茸が不作の時もありますが、私達はそういった事を乗り越えて今を生きています。それはこれからもずっと変わりません』
「…それじゃあ、明日また来るからここで会おうよ」
『私達には明日の保障がありませんのでお約束できませんが、運がよければまたどこかでお会いしましょう』
モスは男の返事を待たずに、二度と振り返る事なくゆっくりと草むらを歩いて行った。
男は、モスの小さな背中が見えなくなるまで静かに見守っていた。
モスの姿が見えなくなってからしばらくして男は家路へと歩きだした。
が、その足取りはひどく重く感じられた。
モスと話した内容を一語一句思い出しながら男は歩き続ける。
男の家が遠くに見えてきた頃、男の足取りは軽くなっていた。
家に到着した男は、玄関の前で深呼吸をし、勢い良く扉を開けた。
「ただいまーっ。母さん、僕明日から仕事探しに行くよ!!」