序章 ①

とある辺境の自然豊かな村。
一人の少年の声が聴こえる。
「それじゃあ、行ってくるよ。」
そう言うと少年はバタンと戸を閉めた。
誰に、かけるわけでもない言葉。
戸を閉められた音が寂しく響くその家には
誰もいなかった。
少し前には、この家には家族が住んでいた。
父と。母と。姉と。弟。
暖かな家族が住んでいた。
父は、家族が生活出来るだけの恵みを得に狩りに出かけ、
母は、狩場から少し離れた場所でキノコや薬草等の採取を。
自然から、必要以上に欲せず生きるだけの分の糧を分けてもらう。
生きる糧、村を守る以外に無益な狩猟はしない。
父や母は普遍の教えを受け継ぎ、変わらぬ生活を守っていた。
弟は、武器の扱いが人よりも上手ではなく、
訓練場に通う幼き狩人たちの中でも、飛びぬけて狩りが下手であった。
この村では男の子は年齢が十くらいになると武器を持ち、剣士になる為の
訓練を受けに訓練場に足を運ぶ事が決まりであった。
片手剣と呼ばれるハンターナイフを誕生日に父親から渡され
次の日から訓練場に通う。
教官と呼ばれる髭を生やした男から様々な武器の使い方を学び
自分にあった武器を見つけ習得していく。
2年から3年ほどの訓練を終えた若き狩人達は、
そこで初めて、狩場に向かい親の狩猟を手伝いながら、
いずれは、一人立ちしていく。
村をモンスターから守る為に村に残る者をいれば、
活動拠点を街に移す者もいる。
海を渡る者もいれば、
傷を負い、狩りが出来なくなり村に帰ってくる者もいる。
命を落とす事もある狩りだから、皆、真剣に自分の道を決める。
そんな中、弟は訓練場に通い始めて5年が経っていた。
まわりの同い年の子は、皆、狩場に出ており
弟だけが、いまだに訓練場に通っていた。
村人の手によって捕獲され訓練場に連れて来られたドスランポスを相手に
強化したハンターナイフ改を手に狩猟していく。
命に危険が及ぶと判断されると傍らで見守る教官が助けに入るが、
基本的には、1人で立ち回り、狩猟できるようになる事が目標となる。
協力訓練は4人で行うが、これは、より実戦に近い訓練となり、
弟は、まだその段階に達してはいない。
今まで1度だけドスランポスを狩猟する事が出来た程度だった。
そんな弟を父は、別段怒ったりはしない。
「おまえが、いつか狩場に出たければ出ればいいし、
 出たくなければ、出なければいい。
 ただ、母さんの手伝いは忘れるな。」
と、いつも決まった事しか言わなかった。
姉は、歳が6つ離れた弟の事をいつも心配し、自分が弓の扱いに長けていた事もあり
弟が剣士として訓練するのではなく、ガンナーになる事を勧めていた。
姉も、たまに父の狩りに付いて行く事はあれど、
そのモンスターの大きさや、しばらく耳が聞こえなくなるほどの咆哮に足がすくんでしまう為、
弓でサポート役に徹する事がほとんどであった。
     ◆◆◆
どこからか、小鳥のさえずりが聴こえる。
「行くか。」
そう、呟いたように父は母に語りかけた。
ある日の早朝。
いつものように、父と母は狩場に向かう。
そんな朝の一幕だ。
「今日は砂漠に向かうから、援護にアクアを連れて行く。
 起きているか?」
と母に問うと、
「とっくに起きています。」と姉
 どうやら、姉の名はアクアのようだ。
 奥の部屋から出てきた、その体には防具を付けている。
 背中には弓を背負っていた。
三部屋程の、この家は家族がくつろぐ居間と
父と母の寝室。そして、弟と姉の寝室。
居間で支度していた父と母の物音で目覚め、姉は既に支度を始めていたのだった。
「支度まで出来ているみたいですよ」と微笑みながら
父に答えると、
「そのようだな」とぶっきらぼうに言いながら
父は身の丈はあろうかと思われる大きな剣を背中に背負った。
大剣と呼ばれるその武器は、大きな事が特徴で
中でも彼が持つ炎剣リオレウスは、火の力を帯びていて
村の中でも1、2を争う程の良い大剣を、父は所持していた。
「昔の話だ。」と彼は言う。
若いころに、火竜リオレウスを死ぬ思いで数匹狩猟し
やっと作成したのが、この炎剣リオレウスというわけだ。
「母さんとは、そのころパーティを組んでいてな。」
ある時、父は娘に昔話を話した事があり、
その話によると、母親と父親は同じパーティで狩猟を行い、
母親は弓で大剣を扱う父親を援護していたという。
「おまえの弓の上手さは、母親譲りだよ」
と、滅多に表情を変えない父親が、その時ばかりは表情を
和らげていたそうだ。
「まだ寝ているのか?」
少し、あたりを見回して母に聞く父。
「寝ているわね、起こしましょうか?」
と母。
「いや、いい。
 訓練場に行く時間には、まだ早いしな。
 寝かしておけ。」
バタン。
戸が閉まる音が家に響く。
3人は、おもむろに家をあとにした。
弟はまだ、夢の中だった。
     ◆◆◆
「おーい タルタロス」
どうやら、父の事を呼んでいるようだ。
「砂漠に行くなら赤いモノブロスに気をつけろよー」
この赤いモノブロス。
最近、村を騒がせている正体不明のモンスターの事だ。
モノブロスは普通は薄い土色をしている。
稀に白い亜種と遭遇するハンターもいるが、
赤いものは存在しない。とされてきた。
が、ここにきて目撃するハンターが後をたたない。
しかし、今までも、このような事例はあった。
イァンクックの亜種だとばかり思われていたイァンガルルガや
黒いモノブロスだと言われていたが、よく見ると角が2本あり
ディアブロスの亜種である事が判明したりと。
最初に見る者は初めて見る恐怖により、
様々に誤認し、それを人に伝え情報が錯乱する。
今回の件も
樹海で最近みつかったエスピナス亜種が
砂漠にも適応しているのではないか。という人もいれば、
白いモノブロスを夕方に見て夕焼けで赤く染まってみえたのでは?
という人もいる。
故に、この話題にことかかないモンスターの存在は
この時点では、まだ、恐れるような要因がなにひとつなかったのだ。
「ああ」
いつものように、ぶっきらぼうに左手をあげ、
注意を呼びかける男に、そう答える。
タルタロスと呼ばれるこの男はいつもそうだった。
3人の姿は砂漠に向かい村の門を越えていった。