試されし道 ◇始の頃◇

「…お…お兄…ちゃん……お兄ちゃん助けてえーーっ!!」
今から半時前。
「お兄ちゃん、先に行ってるねっ」
「あっ、お、おい、ちゃんと準備してから行かないと…」
キャンプ地から足早に駆け出す妹を目で追いながら急いで支給品の整理をする兄。
妹は今年、ハンターになったばかりの新米ハンターだ。
三つ上の兄は、そんな妹を色々な場所へ連れて行き、実践での狩りや、どんな場所で何が採れるかなど、自身の持ち得る知識を余すことなく教えていた。
活発で好奇心旺盛な妹は、持って生まれた天性なのか狩りの上達がとても早く、失敗を恐れず、“まずやってみるね”が口癖の考えるよりも体が先に動くタイプだ。
一方、兄は何事も調査した上で実行に移す慎重派で、知識だけは豊富だった。
が、考え過ぎて行動が一歩遅れてしまうこともしばしばあった。
また、妹思いな反面、最近狩りの腕前が自分よりも勝ってきた妹に対し、若干ではあるが何かいい知れない思いを感じてきたのも事実だった。
今日訪れた塔は、実は以前にも何度か兄妹で来ていたが、妹がいたく気に入ったようで、妹からせがまれてまたここ来る事になってしまった。
準備が整った兄は、キャンプ地を抜け出し、ゆっくりと妹の後を追う。
妹の居場所は検討が付いている。
橋を渡った先を下りた雷光虫が漂う小部屋だ。
やはり女の子というところなのか、幻想的な雰囲気が妹にとって塔の魅力の一つになっていた。
空中漂う雷光虫と戯れる妹を見付けると、先に行くぞと足早に小部屋を抜ける兄を「あーぁ」と溜め息つきながら追い掛ける妹。
部屋を抜けた先の拓けた場所には、眼下に見渡す限りの広大な湿原が広がり、まさしく絶景の穴場があった。
妹はここから見える景色が一番のお気に入りだった。
恍惚の表情で景色を眺める妹。
「お兄ちゃん、いつかあの湿原に行ってみたいね」
「あ、あぁ」
兄は、ギルドからの発注エリアにまだ湿原が許可されていない事を知っていたが、妹の夢を壊したくないという兄心からか適当に相づちをうった。
妹につられ、景色に見入っていた兄に背後から何者かが忍び寄る。
ペッ
「あっ!!」
ギアノスに氷液をかけられた兄は、体にまとわり付いた氷で思うように身動きが取れない中で、氷を払おうと必死にもがいた。
「あははっ」
それを横から見ていた妹は、雪だるまのよう姿で体を揺さ振る兄が可笑しくてたまらなくなった。
「おいおい、笑って見てないで手伝ってくれよ」
ごめん、ごめんと、妹は笑いを堪えながら剣の鞘で兄にまとわり付く氷の塊を割ってやった。
湧き出てくるギアノスを退治し終わると妹は、
「んじゃっ、メラルーと遊んでくるね」
と、一人で奥へ走って行ってしまった。
妹が最近ハマり出したのが、メラルーとの物取り合戦だ。
いつもは妹の勝利に終わり、メラルーから巻き上げたスタンプとやらを密かに溜め込んでいる。
たまに逃げたメラルーが落としていったポーチも、きっちりと持ち帰り、中を覗いてはニヤニヤしていた。
中身を聞いても、
「これは男子禁制の秘密のポーチなの」
と言うが、落としたメラルーが雄だったとしてもか?との疑問もよぎるが兄にとっては別段、興味も無いところなので敢えて突っ込まずにいた。
物取り合戦に巻き込まれたくなかった兄は、戻ってくる妹を手前の広場で採掘をしながら待っていた。
「ただいま~」
勝者の笑顔で妹が戻ってきた。
「あれ?あれれ?」
何かに気付いた妹。
「ここって、いつもでっかい岩で塞がれてたよね?なんで岩が無くなってるんだろう?」
採掘していた兄は後ろへと振り返り、岩のあった場所へ目をやると、確かにいつもは真っ黒い大きな岩がそこにあった。
しかし、よく見ると、岩が丸ごと無くなっているというよりも、何かの衝撃で粉々に砕けたらしく、辺り一面には黒く小さな石ころと化した破片が散らばっていた。